奈良県のオガラバナ
奈良植物研究会会報第58号 1996年 矢野正善

 以前、会報で、奈良県のオガラバナについて雲をつかむような話と書いたが、現実に存在することが、この目で確かめられた。奈良県内カエデ属植物分布調査を始めてから、一つ大きな疑惑・重荷がとれた。資料の一番新しいものが1967年であったので、現在も自生しているだろうか心配であった。
 昨年7月9日、竹村会員、小山会員、冨岡会員に同道していただき・弥山に登った。足に自信がない上に、日帰りなのでゆっくりと観察はしていられない目的をオガラバナのみに焦点を絞り込んだ。
 行者還トンネル西口から入る。小坪谷の川を渡り、大きな石の狭間を過ぎた所の右手の谷側(標高1100m)にハウチワカエデがあることを、小山会員・竹村会員が目ざとく見つけた。幸先のよいことである。登山道は木の根っこが露骨に出っ張り、岩がはずれ、土がえぐれ、悪路の足場に気を取られる。頭上の観察は一たん停止しなくてはならない。とまず聖宝宿跡までは、登ることに専念した。
 途中竹村会員からパイナップルの差し入れがあり、その恩恵に預かり何にも変えがたい馳走であった。疲労を完壁に忘れさり元気がでた。いよいよオガラバナの自生を見る予定の場所になるわけである。胸突き八丁の新道を3歩進んでは上を見、左右を見、不安と危険を交互に感じながら懸命に登った。何を見てもオガラバナに見えてくる。いや違う。頭の中はパニック状態である。
 森林を抜け、右手が開け遠くの山々がよく見える。その手前に今日初めて見るオオヤマレンゲの白い清楚な花一輪。まずはこの花の撮影会となった。それにしても、ここまでの道程で一回も、一輪も見なかったのはおかしい。数年前には少し見飽きて疲れがピークになっている場所である。
 そんなことを思いながら左手の山側を見ると、オガラバナではないか、思わず大声で「あった一」と叫んでしまった。見事な穂状の花も咲いているではないか。うれしさのあまり涙が出そうになった。そのとき大勢の登山客からもう少し登られるとたくさん咲いていますよ、オオヤマレンゲが」と勘違いされた答えが返ってきた。すかさず「この木は奈良県では大変珍しいカエデの仲間でオガラバナと言うんです。ちょうど花が咲いていてきれいでしょう。」と問われもしないのに説明していた。みなさんは無言で見はしたものの、関心なさそうに足早に立ち去られた。
 数本のオガラバナを見たとたん、張り詰めていた神経が急激に緩み、一気に疲れに変わった。あとわずかの弥山小屋への道をいやに遠く感じつつ登った。その間にも何本か見かけたが、おなかが減って早くお弁当を食べたい方に頭が切り替わってどうしようもなかった。
 13時弥山小屋前到着、昼食をとる。弥山小屋は、以前の建物が小さいテントのようにみえるほど大きな建物ができていて、その隣には発電機が備え付けられたのか、ブンブン音を立てていた。
 便利になれば弥山に登ったありがたさが薄れそうだ。小山会員、冨岡会員は八経ケ岳の方ヘオオヤマレンゲを見に行かれた。鹿に食われて道端は壊滅状態であるそうな。せっかく大きな山小屋ができても、メインのオオヤマレンゲがなくなれば何にもならない。天然記念物も台なしである。
 足に自信がなかったので、一足先に下山することにした。弥山小屋からの下山道に樹木の茂みが覆いかぶさる手前、何げなく見た枝先に辛うじて残る葉っぱが、なんとオガラバナではないか。下枝は引きちぎったようになっていたので、鹿がかじったのだろうか。登りはきづかなかったが、下山しながら冷静に見るとたくさんオガラバナがあることにきづいた。聖宝宿跡をすぎ、石休宿跡までの間にもオガラバナがあった。これだけあれば当分なくならないだろうと安心する。天候に恵まれ、心地よい満足感を味わった。
 8月1日小山会員が大台ケ原の東大台に行かれ、中道でオガラバナを発見された。葉裏に毛が少なかったので一見間違えそうだが、確かに存在することがわかった。 
 また森本範正先生からの情報で、以前前鬼宿坊におられた桐本忠雄氏に電話したところ、前鬼、釈迦ケ岳にもオガラバナがあると聞いた。意外に方々にあることもわかった。
 近畿植物同好会例会で、岐阜県高根村日和田から小坂町濁河付近の御岳西山麓に行ったときは、カエデ属植物はミネカエデの大葉のものが、ちらほらあるくらいで、見飽きるぐらい多くあるのはオガラバナであった。尾上会員から頂戴した標本は、長野県堀金村のもので、ウスゲオガラバナがあった。葉裏に毛がほとんど見当たらない。葉裏に毛がびっしりとあるものもいただいた。これはオガラバナであるが、奈良県のものは、その中間である。奈良県は分布の南限にあたるから大変貴重な植物となる。それにしても今年はオガラバナの大当たりとなった。
オガラバナは、カエデの仲間で学名Acer ukuroduense Trautv.et Meyerである。雌雄同株。低山または亜高山の林縁や林に生える落葉小高木。漢字では麻幹花と書くが、オカラは、麻(オ、アサ、[苧])の皮(紐の原料)をはぎ取ったあとの幹(茎、カラ[殻])のこと。お盆の迎え火、送り火に燃やす材料で、その時お供えものに使う箸もオカラ。柔らかい、役にもたたないことの代名詞にも使われる。オカラで突く釣鐘、ならない(禁止)。地方によってはカエデのことをハナ、イタヤという。ハナノキはカエデノキ。ウリッパはウリバダカエデ。なになにイタヤ。オガラバナは、柔らかい幹のカエデなのか、役立たずのカエデなのだろうか。また別の呼び名はホザキカエデという。見事な花穂がつくからであろう。 
 あと一つ見つからないのはヒトツバカエデである。記録は緒方健先生(1965)の、東京大学農学部付属演習林報告60号の中に、大台ヶ原(1it.:K.Yatoh1958p.108)とあった。これは森本範正先生が送ってくださったコピーより、八頭献一(1958).紀伊半島森林植物学研究資料W,紀伊半島産木本植物目録、三重大学農学部演習林報告3号に記載されているものとわかった。また岡本勇治(1937)大和植物志に・室生山ヒトツバカエデとある。情報を請う。
             
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