四季の表情が楽しめるカエデに魅せられて

園芸新知識 1996年5月 矢野正善

 日本の山々には、カエデ類が沢山自生しています。学術的に分類されているもので二十七種ありまして、それを詳しく分類すると五十品種あまりに区別されています。これはあくまでも学問上の分類でありまして、自然界には、そう簡単に区別してよいのだろうかと思うもの、割り切れない中間的なもの、あるいは交雑されたものが沢山あります。特にイロハモミジ、オオモミジ、ヤマモミジの仲間は、よくよく見ると、まるで人の顔のごとく異なっております。大昔から、この変異に魅力を感じ、紅葉コレクターがいたのでしょう。その証拠に元禄時代の「地錦抄」には百品種のカエデが歌と共に紹介されています。また明治十五年には海外輸出用のカタログ「槭品便覧」が発行され、二百十四品種のカエデが名を連ねております。その頃は何百にも及ぶ品種があって、そこから選択されたものと想像されます。もっともその頃ならば、少し都会を離れた山里には、種々の草木が豊富にあり、カエデ類も沢山自生していたものと思われます。探せば変化に富んだものも見つかったでしょうし、その種子をまけば、より多く見つかったとも想像できます。現在の山々では杉や、桧の植林が大変多く、相当山奥に行かないと見つからなくなりましたが、それでも、その気になって探せばあるものです。
 カエデと他の植物と区別する条件は、枝に対して葉の付きかたが対生であることと、種子がプロペラのような翼果であることです。葉形は色々なものがあります。自生のものでさえ、やや円形のヒトツバカエデ、楕円形のチドリノキ、複葉のミツデカエデとかメグスリノキ、鋸歯のないイタヤカエデ、掌状のものでも浅裂のウリカエデ、ホソエカエデ、全裂に近くなるエンコウカエデ、ウラゲエンコウ、常緑のクスノハカエデ、葉面が縮緬上になるテツカエデ、麻の葉に似ているアサノハカエデ、それに葉の大小と変化に富んだものもあります。栽培品種ともなれば、糸状から切れ葉、反り葉、斑入り、葉の大小、厚葉薄葉、矮性、枝垂れ、幹の荒れる錦性などと、色々のものが存在します。
 そんなカエデにのめり込んだ切っ掛けは、知人が成人式を迎え、記念樹として「野村」を貰われたものを私が育て、緑葉のカエデもあればと思っていたところ、駅前のお店に、栽培を放棄された方の鉢植えのカエデ三十鉢程が売りに出されていたのを見つけ、何となく全部購入しましまったのが始まりです。我が家の栽培棚に並べた時は、うれしくて、ほとんど庭で過ごしました。マニアックな私は、それで我慢が出来ないのでありまして、以来、方々に手を尽くし一年足らずで百八十品種を集めたものです。この頃、世間ではカエデの衰退時期に入っていまして、手に入れることは至難の業でした。そんな時カエデの愛好家より、お手紙を頂戴したのです。やっと同じ思いの人が見つかったのです。以来文通や、苗木の交換、購入のお願いなどをして増やしてきました。後に紅葉同好会を発足したのですが、何分にも四人は、神奈川県、東京都、新潟県、奈良県在住なので、一同に会合を持つ機会がなく、やむなく回覧帖と言う形式で、お付き合いをしております。カエデの情報は何といっても関東の方にあるようで大変たすかっております。
 私はカエデの同定に自信をつけるために、自生種を庭に植え毎日水やりをしながら観察をしてきました。季節や生長によって特色が変化することもわかりました。葉形の変異の幅は大変広いので、葉形のみに頼っていては同定はできません。花、種子、枝、幹、雰囲気なども大切なポイントです。葉が落ちても冬芽で同定することも可能です。冬芽で思い出したのですが、ヒトツバカエデの頂芽は時折、裸芽で冬を過ごす事があります。山々に出かけ、押し葉標本をも作りました。集まるほどに、今までに無い、葉形のものが見つかります。これも楽しいものです。現在、六千本分の標本が出来ております。そこで奈良県内だけのカエデを集め分布図表にしまして、昨年、奈良植物研究会会誌に発表することができました。
 健康にもよいので、どんどん山に出かけたいのですが、毎日カエデの水やりがありますので遠出は一切できません。そこで種々のカエデの種子をまいて、育てることを始めました。これは場所を大きく取るのが難点ですが、沢山種子をまくと、同じ一本のカエデの種子からでも随分と変わったものが生まれます。遺伝子が不安定なのか、交雑が激しいのかわかりませんが、どちらにしろ興奮します。双葉が出て本葉が展開するあたりから、将来の葉形が予想されます。その後は何年か経つまで安定した葉形になりません。いわゆる徒長枝に付く変形葉になっていることが多いからです。この間を利用して枝作りをすればよいわけで、楽しみは幾らでもあります。生長のみを考えるのなら、肥料をたっぷり与えればよいわけですが、カエデの場合、夏の安定した葉色以外に、葉色を楽しむ機会が二回あるのです。春の芽だしの四月下旬から五月上旬、白緑から緑、黄緑から黄色、橙色から赤、ピンク、茶色から臙脂色と品種によって色を異にし最高に美しい時ます。秋は十一月中旬から十二月上旬に、濃い赤から黄色の間で色づくのですが、特に黄色の発色を奇麗にするためには、この時期は肥料が抜けている方がよろしいです。植える土は、その家の環境と水やり加減で決めるのが本当ですが、私の場合、日向砂(極小)、桐生砂(小)、赤玉土をそれぞれ均等に入れております。カエデは水を好む植物なので、保水性のあるものが好ましいです。置き場所は、木の間もれの半日陰がよろしいが、風通しのよいことが第一条件です。特に斑入りの場合、うどんこ病が発生しやすいです。一番の大敵はマダラカミキリムシでしょう。うっかり放置すると枯らしてしまいます。根元に木屑が見つかれば、その穴に殺虫剤原液を注入すれば、後は木の回復を待つだけです。
 思ったより手間のかからない植物です。盆栽に仕立てるには、向き不向きの木があります。枝を払ったり、葉刈りをすると枯れる品種もあります。同じものを増やす場合や、弱ってきた木は、早めに接ぎ木をして、絶やさぬようにしたいものです。挿し木で活着するものは少なく、また生長も遅いので、主に接ぎ木をします。春の本接ぎは温度管理の設備が必要なので、私は夏の腹接ぎに決めております。台木は種子から二、三年育てたものを使っています。活着したかの答えが早くでますので、秋まで何回かやり直しもできるからです。
 これ以上増やしても置き場所が無いところまできました。一番ピークの時は千五百鉢に、苗木が五百本程でしたが、生長と共にそれぞれが大きくなりましたので、一品種一本にするよう努力しておりますが、皆可愛くて少しの変化ものにも未練があります。せめて記録だけでも、しっかり残そうと我が身に鞭打っております。
 外国の植物園には、日本のカエデ類が大切に育てられています。カエデに関する書籍も発行されております。日本の植物園にはカエデ類が大変少ないです。そこで私の夢は、日本のどこかに、私のカエデと共に世界中のカエデを集めたカエデ植物園を設立してくださる団体が現れることです。

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