冠婚葬祭の見栄

 自分が、その当事者になると立場上とか、世間体、近所に格好が悪いとか、ケチっているように思われたくないとか、常識がないと思われたくないなどと、色んな事を考えすぎて格好、形ばかりになってしまう。
 信仰心のない人間が、この時ばかり、あたかも信者のごとく神妙になる。そしてお願いばかりをする。
 3月30日家内の3回忌であった。本当は、一人静かに思い出して上げるとか、何人かで、お茶でも飲みながら思い出話でもすれば供養になると、頭では考えた。
 さてとなるとお寺に行って、拝んでもらって、皆さんに素供養と好い格好をしてしまった。
 宗教と、芸術とは同じと思った。神と美。信じて無心になる。欲を求めても、何の利益もない。無心がよいこと。
                                2000年4月

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