美しい生活    岡田綾子様

   
 さて、何を書こうかしらと考え、「菟田野カエデ・
モミジ」というバソコンのページを開いてみる。
そこには、「管理人日誌」を矢野先生が毎日
綴られていて、私たちが先生を訪ねた六月四日
のことも、淡々と書いておられた。「水かけと
来客十名とのおしゃべり。土曜日は何をしたか
思い出せないのに、久しぶりに昔話を長々と
させてもらった。聞き手のうまさこうさせた。
大変な勉強を注せもらった。」短い文章だけれど、
あの日の事を適確に捕らえていらっしゃるなぁと、
妙に関心下のだった。
 私は月二回、介護福祉士という立場で「おばあ
ちゃんにキス」というエッセイを新聞に連載させて
いただいている。その中で、再三、独居老人の
悲哀について文章にしてきた。自分の父の事も
含めて、一人暮らしのおじいさん達にエールを
送る文を書いてきたこともある。しかし、矢野先生
の菟田野での生活は実に優雅でかっこいい。
そして、何より楽しそうだ。「こんな所に独りでい
て寂しくないですか?」という誰かの質問に、
先生は満面の笑顔だけ返されていた。
 
 あの日、帰りの車の中で、運低意中の彼氏に
「先生、寂しくないのかな?」とボソッと話しかけ
てみる。「自分のことをひつようとしてくれる物の
側にいて、寂しい分けないやん?」と言葉が返っ
てくる。「そういう気持ち、私には理解できないな。
あなたは絵の事を考えてる時が幸せなんでしょ。
私は ・・・?」という一言をそっと飲み込んだ。

そういえば、あの日の日誌には、紅八房という
紅色がかった華やかなかえでの写真が添えら
れていた。先生にとって、たくさんのカエデは、
愛らしい娘のような存在なのだろうか。
だとすれば、これ程幸せな生活はないのかも
しれない。
 
 聞くところによると先生は七十二才。すきな
カエデに囲まれ、慈しみ育てる日々。
この美しい生活が穏やかな人柄を作るのだなと
思った。
   



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