吟行 かえでの里    加川正子様

   
 神武東征の伝承地である菟田野へ。桜実神社
のバス停より細い側道を東に辿ると、宇賀志と
いう大和の原風景を残した山間に、カエデの里は
ありました。

 秋に紅葉するもみじしか思い浮ばなかったの
ですが、瑞々しくも色取どりな春のカエデ。
若草色かた深い緑に、桜色から暗い赤紫の蘇
のような色の葉、縁取りだけが赤かったり、緑の
中に黄色や赤や白の斑入りの葉、裏表の色違え
と、古代より遠々と受け継がれてきた色の妙味に
感嘆してしまいました。

 「この赤い果柄が羽根となり、プロペラのように
風に乗り、土に舞おりて新しい生命となるのです。
植物を慈しみ、育てるのも人と同じです。」と
教えて下さったのは、カエデ博士の矢野正善さん。
地域の皆さんと協力して、菟田野にカエデの杜を
作ろうと、奈良市からカエデと共に移り住み、この
里で管理人となられたのです。写真家で、日本
料理の写真の構図に変化が欲しいと感じられた
のが、カエデとの出会いとか。当時のお話しや、
余生はカエデの育成と研究にかけ、この里を世界
中のカエデの再生基地にしたいと、楽しそうに話さ
れました。

その御様子が、同じように熱く語っていた彼の顔
と重なります。農村と都市を結ぶこの地域の町
おこしの企画に携わっていた彼の仕事の成果の
一担が、垣間見た気がし、うれしく懐かしく穏やか
な時間が過ぎて、まるで里帰りをした娘のような
気持ちになりました。

 カエデの赤いプロペラが風に舞い、運ばれ根づ
いていくように、矢野さんの想いも地域の皆さんの
想いも、古よりの長い時間をかけて継承されてきた
この風景と共に、次の時代へ伝えていく財産として
残していって欲しいと思います。
   



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