楓の矢野先生を訪ねて    吉村冨美子様

 
  
 奈良県菟田野区の山合い奥まった所に、その里
は合った。周囲を雑木がおおn茂る山に囲まれた
千坪ほどの空間に、千種もの楓の苗木が幼木から
順に整然と植わっている。

 今まで私は楓の樹は、秋のその色の鮮やかさを
競う峡谷沿いや、古寺の趣ある風情に親しんでき
たので、この景色に一寸戸惑った。

 ここは植物図鑑の現物展示場のようだった。

 一本一本の楓を説明してくださった先生のお話を
聞きながら、なんとまあ、これだけの種をあつめ、
育てた、この情熱は何なのか、そんな事が頭をか
すめた。

 先生は写真家で、有名な料亭の料理をいかす
器と、この楓の葉を取り合わせて写してこられた
そうだ。

 私は側の少しくすんだ茶色がかった楓の一葉を、
そっと手の平に受けてみた。すると、どうだろう、
今まで目立たなかったその一葉が、深く、味わい
のある色に変わり、命が宿ったように生き生きと
自分を主張してきた。

 この形、この色の妙こそが万葉の時代から延々
と歌の読まれ、日本人の心を捉えてきた楓の魅力
七日も知れない。

 そして先生は、この楓を守り、毎日黙々と水やり
をしているのだ。

 居宅の玄関の側に三十センチに満たない小さな
刻像が置いてあった。その天を仰ぐ凛としたお顔
は、今亡き奥様であろうか。

 先々と一緒に楓の木々を見つめ、このひっそりと
した山里で、今も仲良く暮らしているように見えた。



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